快調談話室

富士総火演/この国の行く末


富士総火演を視察し思った事
 自分さえ良ければ良い風潮の中、回復の兆しが見られない経済不況に拍車がかかり、若者達は自分の殻に引きこもり他人との対話を避け、この国の将来を案ずるどころか夢も希望も気力さえ失ってしまっている。理解不可能な凶悪事件に至るまでどこかおかしいぞ?この“ニッポン”これが真の自由を得た結果なのだろうか?我々の祖先や諸先輩達の余りに大きな苦難と尊い命や犠牲から成り立っている現代、真の自由とは祖国の伝統と文化を守りその義務や責任を果たしてこそ得られるものであることをもう一度考えてみる必要があるのではないだろうか。等などとこの国の行く末に不安を感じ始めていた快調の今日この頃。
これらを守ろうとする強い意志が一人ひとりにあればどのような火力や武器よりも強固に祖国を守り個人や家族や恋人、友人の絆をまもることに繋がって行くだろう。しかしながら今後も国民の心にこれらの責任と義務が芽生えずモラルの低下等が進んで行く限り、我が“ニッポン”を昼夜も問わず身を挺して守ってくれている精鋭たちの存在を忘れてはならない。
【写真】 何度か発射シーンを狙うも中々タイミングが合わない。高速撮影で戦車から放たれる発射弾の撮影に成功した。
2008年08月24日(日) No.169 (快調)
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富士総合火力演習視察/本日は雨天なり


火砲?は寝て待て・・・と言われるが(イワナイイワナイ)今回、某会員(当会運営支援局賛辞官・特殊任務担当)殿の取り計らいにより富士総火演に参列の機会を得た。隊OB大将(戦果評定解説担当)や長官、本部付き東部81037部隊独立側車芝浦分遣隊長(特殊任務担当技官)らの随行を受け視察を行った。
快調居住地の周辺基地祭には度々訪れているが今回は空砲と違い、富士山麓での実弾演習では規模も迫力もまったく違っていた。
衝撃波は快調の心を打ち、重厚音は心の奥底までこだまし、その振動は各内臓にまで深く狂信させた。

 ただここでお詫びをひとつ、今回私が参加をしたことで予定通り大雨を降らせてしまい当日参加された関係者の皆さんや多くの一般市民の方々にご迷惑と冷気による体力を奪ってしまい、大変ご迷惑をおかけしてし誠に申し訳ございませんでした。
開催前の場内の男性、女性アナウンスが代わるがわる雨の中「本日は晴天なり!あ、ア、亜、本日は晴天なりっ!」と悲壮な声でシュプレヒコールを行いましたが好転しませんでした。
それは怪鳥の悪魔の声が止めようとしても「ど、ど、ド、本日は雨天なのだ!」と叫んでいるからでした。
UJ一行がWHへ到着時もスコールの大雨を降らせてしまい、これで私の雨男度合いはパーフェクトになったので早速ナフォー大尉には雨男検定2級から師範格に昇格できるように手続きを求めた。
【写真】写真で見ると中々隊員たちの気迫を伝えるのは難しいが皆さん我が祖国の為に命をかけている真剣勝負の姿を魅せられました。会員の皆さんもぜひ1度実際の演習を見学されたい。
2008年08月24日(日) No.168 (快調)
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売らるマラソン・回顧録 その8


ロシア極東国立総合大学函館分校へ凱旋

函館市内のパレードを終え、いよいよ函館分校で行われているロシア祭り会場へ突入の瞬間である。
我々一行の先導をしていたサポート車が会場の前で突然いなくなる。
ちょうど自動車レース時に暖機運転中レーシングカーの前から役割を終えたペースカーがピットラインに消えてゆくように。

サポートカーが消え怪鳥車の目の前の視界は急に広がり大勢の学校関係者の視線がこちらに集中、一斉の拍手のシャワーを浴びた。
何だか状況がつかめぬまま後を振り向くと北海道チームの面々も自分のなすべき行動に戸惑いを感じ、はにかんでいる。

そうだ、こんな時はパリダカでウィニングランをしながら入場してくるシーンを真似れば良いのだ。
笑顔で両手を合わせ高だかと揚げ、舞台の前まで進んで行った。

場内アナウンスでは我々を長崎から函館までの日本縦断走破の快挙をたたえている。
そして壇上に迎え入れられた私たちは歓迎の儀式にカラヴァーイのパンの上に塩がのったロシア式の歓迎を受けた。

本来、相手国の慣習の知識がなければどう対応すれば良いか戸惑う場面であるが数日前のホワイトハウスで軍曹から予備知識として教示されたばかりだったので助かった。
軍曹がWHの歓迎レセプション用に鈴鹿隊員栄養食研究所で作ってきたパンは
UJの彼らに歓ばれ、当日ボルシチなどロシア料理に舌鼓した彼らはこのマラソン中の途切れない話題であった。
「日本の中で1番ロシアらしい場所がWHで特にチナ軍曹が素敵だ」と、軍曹株は一気に上昇してしまった。

【写真1】鈴鹿駐屯地謹製ウェルカムパーティー用カラヴァーイパンにお酒&ど饅頭

【写真4】函館分校での歓迎で知ったかぶりをする怪鳥、軍曹の特訓を受けるまではこの礼儀も知らなかったくせに(笑)
2008年08月11日(月) No.165 (快調)
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ウルル・マン 回顧録 その7


ウルル・マンレース その7

♪遥〜る バル来たぜ 函館〜 数々のトラブル乗り越えて〜♪
♪津軽海峡 夏景色〜・・・♪  っと着たもんだぁ
つい鼻歌が出てしまう。
やっと来たぞ~ ランラン♪
函館フェリー下船場をあとにした(この時、北海道の同士達が早朝6時に自宅をスタートし、我々一行を未だか未だかと待っていてくれていたことも知らず)
函館市内に入り信号待ちをしていたら後に走っていたタクシーから乗客が降りてきて「快調っ!ヤ・マ・シタさ〜ん」と呼ぶので振り返るとドニペレ北海道地区代表の重鎮 河原嘉一殿であった「うしろから3台追いつくからねぇ」 と大声がする。
『おっ!来てくれたんや〜』 実に嬉しくなり、前を走行中のオレーシャさんに伝令
(河原氏は札幌から電車で駆けつけ、TAXIでおっかけをしてくれた。現在長江を分解整備中の凄腕)

今夜UJの宿泊地である函館市内のホテルに荷物を置いたあと、同市内をパレード、函館港のレンガ倉庫などの観光地を散策する為に駐車場探しをする。何故か怪鳥車が先導し皆を案内している。
Q: 怪鳥は函館に1度でも来た事のある街?
A : いいえ今日がはじめてです(笑)
Q: では何故函館案内人に?
A: 多分日本語が喋るからなのだろう(日本語以外は関西弁が得意、その他なし)

1件目の駐車場に到着したが狭いので広い駐車場を教えてもらう。
2件目の駐車場に到着 駐「バイクは困るのですが・・・」
           怪鳥『バイクじゃないよ、サイドカーだよ、軽四のお金払うよ』
           駐「いや〜バイクは・・・」
           オレーシャ「ドウシテダメナノデスカ?」
           駐「本社に聴いてみます。あ〜OKですぅ」
てな訳でオレーシャさんの日本語の方が っと言うか交渉能力の方が勝っていました(恥
それとも、美しさの勝ち(価値)だったのかな
そしてレンガ倉庫で皆でソフトクリームを買って駐車券に印をもらった結果、駐車場代はタダになりました。ジャンジャン。
函館の街 つづく
【写真】函館レンガ倉庫前にて集合写真、註:この時河原北海道部隊長の携帯電話が鳴り出し電話に出たところをパチリ、ビデオで無くて良かった。
2008年08月05日(火) No.164 (快調)
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ウルトラ・マン回顧録 その6


ウル・トラウマ 函館めざし

最後の宿泊地青森、バッテリーを外し部屋に持ち込み朝まで充電した。
長崎をスタートし、本日19日(土)早一週間、いよいよ最終地の函館入りだ、UJスタッフは紅潮している。
私にとっては到着後が新たな旅立ちの予感がする。
UJリーダーミハエル社長は言う。「会長車は責任を持って必ず函館に到着させる。我々は全員がひとつのチームなのだから・・」と
そう励まされても私の心は上の空、独りになってから帰着までのことで頭がいっぱいなのだ。 
ホテルからスタート時に後輪パートタイム駆動が何故かフルタイムに入ってしまった。
急にハンドルが重たくなりカーブは思うように曲がれない。
屈強のUJメカニックに運転してもらった後、自然に抜けた。
その後、エンジンの吹き上がりの悪さ談義となり、彼らはフェリー乗り場で待っている間にキャブを分解し始めた。
「船が出るぞ~」のお知らせ。慌てて部品を無くさないようそのままそ〜っと皆で押しながらフェリーの中へ、そこでまた作業の続きをする。どう見ても彼らの行動は大陸的で日本人とは少し違う。
例えば、前日の打合せで「明日は朝8時に出発で〜す」とアナウンスがあるとする。
それを聴いた日本人なら7:50頃に集合場所へ行くイメージをする。ところが翌朝8時前頃、寝巻き姿でロビーをウロチョロしている彼らに出会ったのには笑ってしまう。まったく大らかな人達だ。
ようやくキャブの組み付けも終了し甲板に上がった頃には船は走り出していた。 つづく
【写真】函館港ではヨット達の出迎え
2008年08月03日(日) No.163 (快調)
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ウルトラ・マン回顧録 その5


東京小澤さんとお別れ
18日早朝小澤さんはワンニャンの待つ東京へ帰る日だ。
無事帰還できればどにぺれ会でのウラルに依る最長記録達成となる。
東京→岡山津山→福井→新潟→山形→東京
実に本州を一周に近い長距離をノントラブル(微細トラブルは別)で走ってきたものである。体力以外に強い精神力もお持ちのようだ。
それだけにカーの中は正に動く修理工場、オイル交換処理箱からプラグ類に至るまで何でも入っている。すごい!
旅館「仁三郎」でお互いの旅の無事を祈って別かれる。

本日の予定はレッドバロン秋田を表敬訪問後、秋田港にてJSC青岩の皆さんとの交流、会員の樋下さんも遠路遥々着てくれていた。また会員予備軍のウラルオーナーの方達とも交流を深めることが出来た。
さぁ〜これから一人ぼっち、どにぺれ代表として日本のサムライとして恥じないよう最後まで追いて行く決心をする。

ウラルサイドカーは3台のみ一路、青森のホテルサンルートを目指す。
前の新型車2台は時速100Kmガンガンぶっ飛ばして行く。
それが何んぞよっ!俺様の肩には会員200数名の視線と期待を背負っている(本心から思っていない・笑)
え〜い ママよ お前100kならわしゃ99まで伴に白髪が生えるまで・・
と自分に言い聞かせ愛車に鞭(無知)を打ち!2台を追う。

そうだ、俺には雨神・風神・雷神がついている。最悪は空冷式エンジンを水冷式に変えると勝てるのだっ! 潰れるまで攻めるぞ! とばかり愛車に言い聞かせピッタしと追いて行った。これが「日本男児、大和魂なのだぁ!」と叫ぶ。
翌朝の愛車は「これって大和魂ではなくヤマシタダマシじゃないの」とブツブツ言っているようなエンジン音に声変わりしていた。
【写真】 秋田港ポートタワーとJSC青岩支部のみなさんの愛車群
2008年08月01日(金) No.162 (快調)