快調談話室

九州の旅・最終回


鹿児島の逸品、カツとうしろに控えるキャベツで出来た桜島を全部たいらげ、九州最後の訪問地、自衛隊鹿島航空隊資料館を訪れた。
基地に近づくとフェンス沿いに隊員たちが三々五々マラソンしているのが分かる。
玄関前、駐車場に車輌を駐め資料館へ、こちらでも零戦のことや知覧特攻関係の模型や手紙など資料もあった。
ひととおり見学を終え、退出する際、係りの方から駐車場の件で呼び止められたので当方に何か問題点でも・・・と心配したら「ウラルの写真を撮らせてもらいたい」とのこと、資料館から私たちの駐車場は遠く見えない筈なのに、ワッチされていたのには流石。
「バイク好きの息子に見せたい」とのことでした。

楽しかった九州トラベルに大きなトラブルもなく終わろうとしている。
いよいよフェリー乗り場です。
九州のみなさんありがとうございました。


フェリー船内でのバックによる悪戦苦闘の作業だけ残して行程はほぼ終了です。
思えば北海道から九州までウラルも遠くへ来れるようになりました。
これらは全て皆様の厚情とウラルの向上の賜物です。

来年も皆様にとって良き年となりますよう祈念しております。

                        おわり
2009年11月25日(水) No.305 (快調)
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悲痛な叫びから歓喜の叫びへ


ジャンボ宝くじならぬロシアンルーッレットに大当たりし、長渕剛に負けないくらいの悲痛な叫びを発した怪鳥であったが皆の連係プレーでハブの修理はおわったが昼食に約1時間の遅れが生じた。
本来、このような場合スペアタイヤの交換のみでスタートすれば良い筈であるが、ここはやはり技術レベルの高いNAWA大将&なかむら仙人、腕の見せ所で手際よいシュウリングでした。
一同急ぎ桜島周辺道路を下り一路、昼食場所へ向う。
道路のところどころに火山噴火時避難所(退避舎・退避壕)の存在が確認できる。
朝出発前に仙人邸のテレビ天気予報の傘や太陽などお天気マーク以外に他県にはない→矢印が表示されており珍しかったので仙人殿に「あれは何か?」と質したら「鹿児島の天気予報では必ず「桜島の風向き」予報があり、桜島の上に矢印マークで風向きを示している」と説明を受けた話を思い出した。
そういえばフロントスクリーンが何だか白くなっている。火山から噴出されたもののうち、直径2mm以下の大きさのものを火山灰といい物質としては火山ガラス、鉱物結晶、古い岩石の破片などだそうなのでワイパーをかけると、アクリルガラスに傷がつくのでやめた(脚注:元々サハラにはワイパーは付いていません、筆者が見栄をはっているだけ)
等など考えながら走っているとトンちゃんを積んだトラックとスライドした。
上段には白豚、下段には黒豚を積んでいる。さすが鹿児島は全国No.1の畜産県、本日の昼食は鹿児島の逸品の豚肉を集めたとんかつ屋“竹亭”へ 楽しみだ。
http://r.tabelog.com/kagoshima/A4604/A460401/46001037/
ところが、である。このお店お昼は14:00までなのだ・・・間に合うかな??
少し時間が過ぎてお店に到着、仙人は走る!日頃山で鍛えた足腰軽やかに「店主!!待って!!関西からの大事なお客さん連れてきたぁ!」
ってな訳で合格!そして味も合格! 出されたとんかつ定食【写真】の後ろ側にはキャベツでできた桜島、
この上にかかっているタレの味がまたすばらしい「タレか故郷を思わざりき」
昼のシュウリング作業後の空腹も手伝ってか、最高ひとときでした。
つづく
2009年11月25日(水) No.299 (快調)
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桜島周遊


 前夜は黒霧島芋焼酎を飲みながらG3サミット、議題は地球温暖化から未来のどにぺれの件まで、最後は薬の安く(銭リック)購入する方法まで多義に亘ったが焼酎をお湯で割っても、意見は割れることなく直ぐまとまり、これで霧島の夜は“最後の晩散会”となった。 
昨日とは打って変わって今朝は抜けるような快晴、白亜の殿堂で出陣式【写真】記念写真をパチリ、爽やかな出発、「前方桜島確認!!」気温も徐々に昇ってくる。
国道220号に差し掛かった頃、付近一帯から酸味のある空気が漂ってくる。
仙人殿の指差す方向を視ると辺り畑一面に蓋がされた【写真】こげ茶色の陶器の壷が並んでいる。これは純米黒酢を造っている畑工場で蒸した米と米麹(こうじ)と地下水で南国豊かな太陽エネルギーの力を得て長い期間を経て発酵させ純米黒酢を造っているのでした。
 そしていよいよ桜島へ心地よい海風を頬に感じながらワイディングロードを大蛇のように登ってゆくと怪鳥に良く似た石像が、ん?これはモアイ像か? 実はここで怪鳥車の後輪ハブベアリングが外れかけたロシアンルーレットが大当りしたゆかり場所だったのです。【写真】は怪鳥の悲痛な叫びが石像となりました?「ちゃうちゃう!違う!」これは長淵剛が24時間ライブをしたライブ会場跡に造られた鹿児島のシンボル桜島記念の石像でした。顔の向こうにはギターがあります。
つづく
2009年11月25日(水) No.297 (快調)
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武家屋敷から知覧へ


 徳川幕府の天下統一が一国一城を厳守させることにあったため、薩藩では鶴丸城を内域とし、領内に113の外城を造り、防衛の役割を果す事にしたひとつが雨の中の知覧武家屋敷群でした。
 そのあと【写真】富屋食堂の前をとおって知覧平和会館へ 【写真】入り口には若き特攻兵の写真とともに石原慎太郎の詩が刻まれた石碑があった。[短い青春を 懸命に生き抜き 散って行った 若者たちが 「お母さん」と呼んで慕った 富屋食堂女主人 島濱トメさんの折れ節にこの世に現れ 人々を救う菩薩でした]
 ここで西野氏の出迎えを受け昼食後、いよいよ【写真】特攻平和会館(ミュージアム知覧)へ 入館券には
[清き名をとわにのこして 国のため 身をささけけむ 若きもののふ   いさきよく風に散りし 花のこと 御国のためと たた進むらむ] 北白川房子さま(元妃殿下)とあった。 
館内に入ると戦時の説明ビデオの上映や実物大のゼロ戦の展示、若き特攻兵達が綴った母親や子供、親戚に宛の手紙、読んでゆく内、もうウルウル状態、一緒に来たみんなと顔を合わせるのが恥ずかしいので早足で先へ進む。
出口に映画のポスター 『ホタル』主演 高倉健 田中裕子 が掲示してあった。早速帰神後DVDを入手した。 
そのあと篤姫生家、【写真】西郷南洲翁逗留の家などを見学し夕方に至ったため、酒屋と魚屋を経由しムサシ君の待つサウスホワイトハウスに戻ることにした。
                            つづく
2009年11月24日(火) No.295 (快調)
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一人ウラル会々長と再会


明けて24日朝、ムサシ君達と裏山を散歩しながら仙人より宝探しの伝授を受ける。「あの木に付いている黒いの、あれがキクラゲだよ。この辺りを掘るとじねんじょうが採れるよ」 等などと聴いていると何だか裏山しい。

とその時、携帯電話のベル「西野(鹿児島ひとりウラル会会長)です。知覧でお会いしましょう」ということで早速涙拭き用ハンケチを持って出かけることになった。
怪鳥が霧島まで連れてきた雨のため、今日も1日雨天、しかたなく本日はなかむら製4輪車が出動、運転技術はレーサーなみそして観光ガイド付きで楽チンな1日となりそう。
黒酢畑や篤姫生家や平和記念会館〜西郷どんのお墓などなど盛りだくさんの観光を計画していただいているそうで楽しみであった。
                            つづく
【写真1】ひとりウラル会長西野氏と1年ぶりの再会で昼食を共にする。左側
【写真2】西野氏の移動宝箱の中をちょっと拝見、昔懐かしい原動機付自転車、ミニ4輪カートが見える。
【写真】知覧にある武家屋敷群
【写真】武家屋敷のそれぞれの入り口には正面から突入できないように折れ曲がった壁で防御されている。
2009年11月24日(火) No.290 (快調)
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霧島なかむら@仙人邸へ


 23日昼過ぎ、ポチさんに大分自動車道/湯布院IC入り口まで送っていただき福岡を経て九州道を通って霧島へまっしぐら、到着は夕方予定でひたすら高速道路を走る。電車や船に乗っていると雲も月もづっと自分追いてくるように見えるが、雨も怪鳥上空のみを濡らしながら走っているようだ。
ミラーにはNAWA大将が常に映っている。マイペースで走るのと違い他人との伴走はきっと疲れる筈、休憩や眠気のタイミングはひとによって違いがあるからだ。また自身の走りやすく疲れにくいスピードもそれぞれある筈、申し訳ないと思いながら黙々と走る。
横に鎮座しているサイドカカーの奥魔は「前方の車両を追い越せ!」と合図を送っているが見ない振りをすることにする。乗せてもらっている側にとってこのスピード(80〜100km)はイラつくのだろう。でもロシアンルーレットを誘発することは極力抑えることに徹する。
 夜7時過ぎ中村仙人殿が屋根を葺いた霧島神社方面を通過、程なく仙人&奥方殿の待たれる白亜の殿堂近くと思われる地域に差し掛かった時、路肩に停車していた1台の乗用車からヘッドライトの合図、我々はそれらを打ち合わせていたようにスーと後を追った。敵地の中でパルチザンの案内を受けるように(戦争映画の観過ぎ)左折でリゾート地帯を縫って行くとやがて暗闇の中からサウスホワイトハウスがぼんやりと輝いて視えた。
 久しぶりの再会、ムサシ君も千切れんばかりにしっぽを振って歓んで迎えてくれた。我々の冷え切った体を暖めるべく待っていてくれたのがナ・ナなんと鹿児島火山製、正真正銘の岩風呂が邸内で待機してくれていた。しかもこの岩、大噴火の際に飛んでくる軽石状の穴だらけの例の火山岩、この地域の各家庭には全て温泉が配給されているそうな、何とも贅沢な話でうらやましい。
いおうな匂いでそれとわかる。しかも我輩の指にはめてある銀製の指輪を一瞬に金メッキにしたあと引き続いて銅メッキまで変身させてしまう優れもの(笑)挨拶もそこそに体を湯の中に沈めた。
やっと茹で上がった体にキンキン冷えたビールがお迎えは最高の瞬間「乾杯!!」
そして仕上げは霧島焼酎で体を中からも焼くことに、ここで皆さんに質問です。焼酎をお湯で割りますね。でも霧島では先にお湯を注ぎその中に焼酎を割るのだそうです。そう、コップにも焼酎とH2Oの比率目盛が入れてありました。
明日の観光行軍を考えその夜は早い目の就寝となった。
2009年11月23日(月) No.288 (快調)
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湯布院 岩下コレクションへ


 ぽてとさん案内で国道10号線をくだり豊前の道の駅で別れ一路パルチザンポチ殿が待つ岩コレへ、田舎道と山道を繰り返す間に由布岳が見えて来た。湯布院市も間もなくだと思っていると前方から自衛隊のトラックと遭遇、すれ違いざまに敬礼をすれば相手も困惑されるだろうから止めておく。やがてどこからともなく自衛隊のJeepが我々の前に出て先導を勤めてくれている(様に見える状態となる)。中から隊員がこちらをめづらしそうに眺めている。彼らにどう映ったのだろうか、『日本にはおかしな集団がいるもだ・・』それとも・・・ いや、それよりこの編成で前方より写真が撮れれば最高なのだけれど 等など考えている内、岩下コレクションに到着!ここで自衛隊の車両とも別れを告げた。時間は午前11:00であった。
1年振りにオーナーや館長に挨拶すると「結構、到着早かったね」・・と、ポチ殿からも同様の発言があり、遅延をお詫びする前に先にこのように言っていただきホッと安堵する。
オーナーから「自重300Kgsのパラゴン手に入れたよ」と明るい声、昨年来より手に入れたい旨お聴きしていた。これはオーディオファン憧れの米国JBL製のスピーカParagonは当時私たちにとっては車でいうロールスロイスの様な存在でした。
 昼になって岩コレが推薦する食事処へ行った。由布岳と由布市が一望できる小高い丘の上にあるおしゃれなパスタのお店、景色も料理も最高であった。
【写真説明】
・岩コレ前で記念撮影 左からNAWA・ポチ・怪鳥・岩コレ館長
・ パスタのお店からの眺め、パノラマ写真は2枚の写真を合体させたもの
・ パスタレストランにて左奥魔・中央NAWA大将・左ポチ殿
・ 各写真は個人保護法肖像権の関係上、写真掲載許可を受けていない方にはサングラスにて加工しています。
                             つづく
2009年11月23日(月) No.284 (快調)
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怪鳥&NAWA隊出発


さあいよいよ九州に向け怪鳥&NAWA隊は中国道津山インターへ向かった。インター手前で再度ETCのチェック ?ん?カードが入っていない。本日最初のロシアンルーレットに当る、北九州まで1000円は大きい・・・、やむなくNAWA大将を置いたままWHに戻ろうとUターン、横から奥魔がジロリと睨んでいる気配、視線を感じる。目を合わさずにおこう・・・
昼から出発した私達、広島市の手前あたりから次第に海抜が高くなり、太陽も雲に隠れたまま出て来なくなってきた、「ウォオオっ!ブルブル寒くなってきたよ」北海道で鍛えてきた筈なのにその時よりもっと寒く感じる。出発前にりかさん曰く『快調が快調として証明されますことを祈っています』と言われた。
これを逆説的に言うと『快調の旅なのだから雨が降るのが当然』と言う意味と解釈していたので結果、りか殿の予言どおりになってしまった。歓ぶべきか悲しむべきか、いややはり悲しいのだ。
雨の中の真っ暗な中国道、道路脇に【ただ今の気温3℃】となっている。身動きひとつしない奥魔に「大丈夫か?」と合図すると凍ってしまったのかコンコンと音がする。よく見るとヘルメットを叩いた音であったと判りひと安心。
夜の8時にやっと北九州の宿舎に到着、お風呂で体を芯から温めることができ一息。NAWA大将からオロナミンCを頂き朝までぐっすり眠る。
するとリンリンと携帯電話の音「ポテトです。今からそちらに行きます」外が明るくなるのは東京より遅い「おっ!九州から全国大会にソロで来てくれたポテトさん」
数分後には、窓から到着が確認できた。速い!そしてこれから行く湯布院岩下コレクションへの道の入り口まで高速道路を利用しながら料金所のところは上手くかわしながらの案内をしてくれるポテトさん、やはり地元の方の案内は心強くありがたいものだ。
【写真】案内最終地点の道の駅で記念撮影 左NAWA大将右端ポテトさん
2009年11月22日(日) No.283 (快調::本部基地)
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一路、九州へ


 みんなと別れを惜しみ送り出したあと、感傷に浸っていてはいけない。
早速、九州行きの準備だ。
今回は荷物をスリムにしてトレーラを外して身軽に行こうとアレコレ積んだり降ろしたりしてみるが上手く行かない。
エ〜イ ままよ、スリム化はあきらめトレーラ付で出発だ!!

以前のバイクは迷彩色の為、景色に溶け込み目立つことはなかったが(ウソ言うな!S/Cそのものが目立つのだ)高速道路サービスエリアに入るとトレーラ付のバイクは珍しいのか人が集まって来る。写真も撮られる。
アレコレ質問されるが丁寧に応えるようにする。未来の会員かも知れないから・・・
そうすると出発時間に影響が出る。そんな訳で最近は実際に駐車する際、小型トラックエリアにてトラックの間に駐車し目立たないようにしている。

と、書けばかっこいいのであるがここだけの話、「本当はバックが未だ思うように出来ず、上達していない」のが真相なのである(恥)
乗用車エリアにバックで入れようとすると周囲の視線を感じるため、「上手くバックをしなくては・・・」と気が焦ると思うように行かない、内気な怪鳥?顔面が次第に紅潮してくるのが分かる。 焦るほど上手く行かない(笑)

【後日談】これらの行動を視るに見かねたNAWA大将は最終日のフェリー降車時、にわか運転指導教官となって怪鳥の後の席に陣取り「ハイっ!右に切って、左に切って、もっと大きく」などとリードしてくれたおかげでフェリー運行遅延などのニュースには至らなかった(笑)
2009年11月22日(日) No.276 (快調::本部基地)
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集合と離散


楽しかった夜会もおわり(強制終了)就寝につく。
21日の早朝関東をスタートし、夕方WHに着いて、ブカブカ・ドンチャン♪
そして翌朝、爽やかな笑顔でテータイム、それにしても皆さんのパワーは凄い!

朝食後随時解散となる。
出発一番はUJ隊、14号車が別礼のファンファーレを奏でる。朝の荒神山にこだまする。これにオレーシャ殿が返礼(敬礼のまね)
帰路はみなさん別々、駐車場では京都まわりのカルマンさんらと名残り惜しい雑談が続く。
いつもの光景だが別れは寂しい。

怪鳥班は陸路中国道広島〜山口〜北九州〜南九州へ
みなさんの無事を祈りながら・・・・ご安全に
2009年11月22日(日) No.275 (快調::本部基地)
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津山WH音楽祭


関東軍ご一行様を迎えるため地元会員2BOY氏がクリスマス用飾りつけの応援にに来てくれた。
みなさんからの進軍経過報告が随時入る。その中に独航隊長より悲痛な連絡が入る。「ミッションインポシブル・ワレ艦と伴に行動する」とのこと。
早い目に着いたカラッチ殿は久々のトロンボーンに唇慣らしや音鳴らしに余念がない。りかさん&奥魔は夜会の料理作りの合間にウクレレとハーモニカで♪ふるさと♪を合奏、横でSANO中四隊長がカラッチ氏提供の6弦エレキ+アンプでテケテケテケとやっている。
市島のグッチアシダ氏は蒔きストーブの管理に専念、やがて本日の素人音楽集団をリードしてくれるフルートの女王三和先生とジャズピアニストの優先生が到着、つづいて前2輪NAWA氏も到着、次第に賑やかになってくる。
心配していたQベル14号車もカルマンギヤさんとともに無事到着。みんな渋滞と長旅の苦労話を「フーン」「へ〜」「そうなんや・・・」と感嘆詞を付け2人を慰労する。
外が寒いのでインフルエンザ防止用のアルコールで咽頭を焼いたり、焼き鳥を室内で焼いたりするので視界3mとなり♪煙が目にしみる♪(歌プラターズ)
 最後に登場する予定のロシアの歌姫オレーシャ女史と彼女を運んでくる“走りコフ”氏が到着した時の乾杯練習を皆でする「日本と露国の・・・乾杯!!」などと練習を繰り返しているいる内にみんな酩酊してきた。
酔って演奏すると恥じらいを忘れるのか、上手くなったと錯覚するのか皆大胆に、14号車どのはピストンの無いラッパで演奏に合わせるなど凄い能力!
やがて歌姫の登場!荒神山の夜は更けず翌朝の小鳥たちの歌声は何故か遅く元気なく眠そうな声であった。
2009年11月22日(日) No.273 (快調::本部基地)
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気合だっ!どにぺれ精神


 サハラ3000Km点検をしました。
結果、後輪のタイヤスポークの1部に緩みが生じていて締め付けをしました。やはり動力伝達側は過酷なのでしょうか。

 これを機会に新たにメインスイッチを取付けました。
堂々と外部に取り付けられているのは盗難防止用の隠し鍵ではなく、長期放置した場合のバッテリー放電による劣化保護を目的としています。
【写真機曠泪ぅ淵溝Δ切り離されている状態
【写真供曠好ぅ奪腺錬藤鴇態
【写真掘曠好ぅ奪腺錬両態 走行中の振動でもKeyは抜けなくなっている。

天の声「一寸待った、やたらBOSSのマークが目に映るが貴様自分自身で取り付けたのでは無いな?」
怪鳥「はっ、ちょっと忙しくって・・・」
天の声「ナヌ?!言い訳は反抗なのだぁ!その程度の作業は自分でせよっ!どにぺれ精神を忘れたのかぁ!」
「今から注入棒で軟弱になってしまった精神を鍛え直してくれるワァ 眼鏡外せ、歯をくいしばれ 気合だッ!ダアァ!ビシッ、バシッ」

*どにぺれ精神の要約:常に勉学に励み技術を磨き、自分で出来る事は自分で行い、人に優しく自分に厳しく。
自己批判:現在の怪鳥はこの精神がたるんでいる。そろそろ“精神の老いる交換”をする時期が来ている。
2009年11月19日(木) No.272 (快調::一般)
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フェリー航海記 その


その3
“はまなす”に乗船し昼から場内アナウンスでシャンソンライブがレストランフロアーであるとのこと。早速行きました。
【写真】は現在大坂を中心に活躍されている林真有美さんのシャンソン&カンツオーネを辻晋哉さんのハモンドハーモニカと草野京子さんのピアノをバックに台風あとの船の揺れと伴に心も揺り動かされました。
そしてシャンソンライブのあとにはピアノとハーモニカによるジャズコラボレーションもすばらしかった。このお二人も大坂/神戸のジャズハウスで活躍されている方のようで船上でのジャズも心をゆったりさせるものがありました。

また夕刻になって“はまなす”の機関員によるサックスライブが続いてありました。機関員といっても腕前はプロ級でフュージョンぽい音楽を流れるように朗々と吹き上げておられました。
                               おわり
2009年11月13日(金) No.269 (快調)
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フェリー航海記 その


フェリー航海記 その


その
先日北海道のみなさんとお会いした際、昨年のウラルマラソンの想い出話に花が咲きました。その中で小樽のフェリーターミナル事務所にバッテリーを充電用するための電源が貸りれなかった話題におよびました。彼ら曰く「北海道には旅人に対してそんな不親切な人は存在しないです」と言われ、私も同感だったので、「その職員の方は他府県からの転勤者(憶測)であろう」という結論を無理やり出し、一件落着としました(笑)
 ひとりの職員の応対が悪いためにフェリー会社全体の印象が悪くなる様な当方の言い放しはアンフェアなので先日、 “はまなす”( 舞鶴から小樽行き)に乗船した際の好印象部分のお話をいたしましょう。
2009年11月13日(金) No.267 (快調::一般)
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