快調談話室

東日本大震災あれから1年 供


また、震災に付随して起きた福島原発事故に関連して、予備自衛官を含む10万人を超える自衛隊員が、国民の負託に応えるべく頑張っている活動記録の映像も見ました。彼らはその職を全うするにあたり「事に臨んでは危険を顧みず」の宣誓を求められた唯一の組織人ですが、災害派遣、人命救助、捜索、原発事故処理作業は本来の彼らの第一義の業務ではない筈。なのにそんな宣誓など求める必要もない程、日本人である気高い情熱と使命感によってきびきびと活動している様子が、映像から十分すぎるほど伝わってきました。日常の自衛隊における教育訓練はもとより、国民を守りたい愛国心のDNAのなせる技なのでしょうか。
家の改築のビフォー・アフターではないが、現在でも各地の状況は一部の瓦礫が撤去された以外震災当事の景色と何も変わっていない。
先の戦争で広島・長崎でそれぞれ数十万単位の人々が被爆(外国人を含む)したことに始まり、さらにビキニ環礁の水爆実験で第五福竜丸を中心とした漁船関係者を含む2万人以上が被爆を受け、続いてこの度の原発事故と、日本は世界に例をみない被曝(爆)大国となってしまいました。
それでなくても、地震、津波、台風、豪雨水害、雪害、火山被害など苦難な自然災害の多い日本列島・・・大きな犠牲と貴重な体験から得た教訓を、日本のみならず世界の人々に対して未来に向けて発信することで、今回の2万人近い犠牲者と先人たちの無念を少しでも晴らせるのではないでしょうか。
日本ならではの四季折々に表情を変える山や川のある穏やかなふるさとに、皆が安心して住める日々が、一日も早く戻ることを願ってやみません。
2012年03月11日(日) No.407 (快調)
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東日本大震災あれから1年 


昨年の3月11日14時46分、カーラジオが狂ったように東日本大震災発生を繰り返し報じている。これはただごとじゃないと帰宅し、直ぐTVのスイッチを入れるとリアルタイムで津波のシーンが・・・、続いて戻って来た奥魔が「何の映画観ているの?」と問われ、ほんの数秒で多くの人々の明日を奪って行く残酷さを目の当たりにして、永遠なんてどこにもないと理屈では分っていても『今起きている現実を見ているんだ!』と怒るように応えたのが昨日のことのようです。

あれから1年、各地で追悼行事が行われ、新聞、TVは特番であの日の惨事を報じています。
発生直後より現場の消防・警察・役所・自衛隊・自警団・教師・医療関係者はもとより、民間人の多くの方々が危険を顧みず身を賭して立ち向かい、尊い命を犠牲にされた方が大勢おられました。ともに災害を乗り越えるべく、息の長いボランティア活動を今なお続けておられる方には、本当に頭が下がる思いです。17年前の神戸でこれら多くの応援隊やボランティアを目にして感動をしたことを思い出しています。連続線上で在る筈の明日はどこにも無く、今は考えても見ない明日が来る日も来る日も目の前にあった当事の自分を重ねていました。
2012年03月11日(日) No.406 (快調)
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美しい日本の言葉が・・・・ 


間もなく3.11.で1年になる大震災、ところでこの日まで日本のメディアはどれだけ原発を問題視する発信をしていたでしょうか。
今でこそ、学者、評論家、コメンテーター、TV、新聞等々メディアはこぞって報じていますが、大きな災害となる前に報じるべきことはなかったのでしょうか。
真実を求め報道してゆく立場のメディアの責任はどこにいったのでしょうか?
先日、某政調会長が自らに関する報道内容を理由に〇×新聞に対して記者会見出席を拒否しました。報道の自由を脅かすとして全メディアがその会見をボイコットするかと思いきや、まるでその気配なく・・。権力に阿ることなく報道するという気概はどこにいったのでしょう。
勿論ペンの暴力は厳に戒めねばならないのは言うまでも無い事ですが・・・
ここで思い出したのは先の大戦勃発当時、実態より過大な発表で始まり戦況悪化(ミッドウェイ海戦頃〜)に伴い損害を過小化するなど、いわゆる虚飾的発表をした大本営、この不適切な言い換えをそのまま「敵戦艦〇隻撃沈、撃破、大破、我が方戦艦○○軽微な損傷」と活字を躍らせ、敗戦が濃厚となっても「敗退」を「転戦・転進」と不適切に言い換え、結果的に国民を欺きました。
今、私たちは少しずつ真実が聞こえない状況になって来ているような気がします。いにしえの昔から愛されたえも言われぬ美しい昆虫の羽根の色から使われた「玉虫色」。これらの美しい日本の言葉が本来の意味から逸れたいかがわしい表現やまやかしの具に使われ、真実が見えなくなることに恐れを抱きます。
本来の意味のままに、言葉を信じて生きて行ける社会であって欲しいと切に願う今日この頃です。



2012年03月03日(土) No.405 (快調)
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美しい日本の言葉? 


ニュースでは“除染作業”の言葉が良く出てきます。言葉だけ聞くと、放射能が簡単に除染できるかのような印象をもってしまいます。でも実際はこれから生まれてくる未来の人達の生存権を脅かす数百年単位の話の筈、高圧洗浄機で洗ったところで放射能は移動するだけで消える訳ではありません。どうして事実通り“移染”と表現しないのでしょう。
よく耳にするようになった“冷温停止”という言葉もまた胡散臭い響きがあります。専門的には原子炉の冷却装置が正常に稼動し、冷却されている状態のことを“冷温停止状態”というようですが、何もかも停止し、メルトダウンの恐れがある危機的状態で“冷温停止”という言葉を用いるなど、国民を煙に巻いた表現ではないでしょうか。
このように国民を驚かせない方策・・裏返せば自らの責任を一旦棚上げにする手段として、さまざまな言葉が都合よく利用されてはいないでしょうか?
震災当時某官房長官が「直ちに人体に影響を与える値ではない」と発表しましたが、微量な放射能には即効性は現れにくいので発言に間違いはないかもしれません・・でも、数年経てば子供達にどのような影響が出てくるのかこないのか?未来の人類に影響はないのか?負の遺産を作らないためのも、われわれは「直ちに」抜きの真実が知りたいのです。
極めつけは、益々ひどくなって行く原発汚染に対し、政府の出した「福島原発事故終息宣言」。これから長い長い放射能汚染との戦いを開始するという時期に、真剣に取り組むことを終息すると図らずも吐露してしまったのだろうかと勘繰りたくなってしまいます。

【写真】左から芹葉黄連 ‘鵜◆♂椿 梅花黄連

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美しい日本の言葉 


早いものでもう3月、冬の眠りを貪っていた動物たちが目覚める“啓蟄”(3/6頃)の候です。この時期、春の訪れを宣言するかのように轟く雷を“春雷”といいます。春暁(しゅんぎょう)や淡雪などは、とても優しい響きでわたしの好きな言葉です。外人さんに人気があるのは“花吹雪”だそうです。これらは、四季のある日本で先人達が経験や感動の中から紡ぎあげた美しく意味深い日本語だと思います。
野に咲く花々にも、早春に開花する節分草[写真左]、雪割一華(ユキワリイチゲ)[写真中]、鶯神楽(ウグイスカグラ)[写真右]など、名前だけで春の到来に胸がときめくような花が数多くあります。

春の言葉に浮かれつつ・・・最近ご都合主義のもとに、本来の言葉の意味が歪められてはいないかと、ふと思います。
例えば、昨年の漢字に選ばれたのは“絆”でした。東日本大震災時には、この思いがすべての原動力となり、実に的を得た言葉だと共感したものです。共に震災を乗り越えようと手を差し伸べあった日本中の人々の絆。米軍の協力も絆作戦でした。
しかし、あれから1年が過ぎようとしている今、瓦礫の受け入れを快く表明する都道府県は殆んど無い現状なのはどうしたことでしょう。一過性ではないそういう連携こそが、まさに“絆”なのに・・・。
2012年03月03日(土) No.403 (未分類)
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