快調談話室

岡山WH周辺雲海の旅 「夏草や兵どもが夢の跡」最終回


最後となりましたが、雲海群西のはずれに登場するのは「備中松山城」 「夏草や兵どもが夢の跡」今話題のN○K放映中、 松尾芭蕉が門下の河合曽良を共に旅した奥の細道の終点(一応平泉とされる)で 詠んだ句を彷彿させる つわものどもの夢の跡は如何?
標高430mの臥牛山頂上付近に建つ天守は、国の重要文化財で、現存天守を持つ山城としては最も高い所にあります。鎌倉時代、有漢郷(現高梁市有漢町)の地頭秋庭重信が大松山に城を築いたのを起源とし、1683(天和三)年に水谷勝宗によって3年がかりで修築され、今の天守の姿になりました。
 この地は山陰と山陽を結び、東西の主要街道も交差する要地であるため、戦国時代は激しい争奪戦が絶えず、目まぐるしく城主交代が繰り返されています。(高梁市資料より抜粋)
 登城坂の周囲は、高さ10m以上の巨大で切り立った岩壁がそびえ、昔日のつわものたちが舌を巻いた”難攻不落の名城”の面影をうかがい知ることができます。白い漆喰塗りの壁と黒い腰板のコントラスト、空の青に映える美しい天守。秋には大手門付近の木々が紅葉し、岩壁が燃えるような朱色に覆われる景色は圧巻です。
筆者も訪れましたが階段のアップダウンはメタボの筆者には結構こたえ、汗をかきました。お城周辺にも資料館、郷土館、商家などあり、楽しむことができます。みなさんもぜひ一度、雲の上を散歩してみてください。                おわり
【写真】備中松山城
2015年02月27日(金) No.512 (快調::本部基地)
Comment(0)

岡山WH周辺雲海の旅 その


さて、これより吉井川を北へ20km。いよいよWH前のおなじみ荒神山城跡(市指定史跡)へ、到着です。ここは下から眺めていることが多いのですが僅か30分間程で景色は豹変【4枚の写真参照】致します。殊に、前日が雨天であったりすると気温差が相まって飽和した水蒸気が霧となって大量の雲海が発生してくれる。         
この荒神山城跡は、元亀(げんき)元年(1570)に宇喜多氏の武将花房職秀が築城し、わずか24年後の文禄3年(1594)には廃城となった短命な山城です。本丸を中心とした曲輪の配置は、連郭式と輪郭式の複合したものであり、枡形虎口の存在、瓦葺き建物の存在を示す大漁の瓦、大規模な井戸跡、本丸周辺に認められる石垣など、中世から近世への過渡期のいわゆる職豊系城郭の特徴を顕著に示しています。
この山城に隣接するWHは現地名、種から皿に抜ける谷間の道が東西に走っており、古くから重要な交通路であり、東西の街道との交差点を見おろす位置になるため、まさしく交通の要衝を押さえた山城なのです。 津山の城下町が形成される以前は、主要な東西交通路であったため、以前にもご紹介したことがありますが、隠岐に向かう後醍醐天皇の一行もこの道を通ったと伝えられ、道筋には後醍醐天皇に関連した伝説の掲示板や遺跡と伝えられる場所が所在しています。『聞きをきし 久米のさら山 越えゆかん 道とはかねて 思ひやはせし』 『備前軍記』によれば、元亀元年(1570)には人数を与えられた花房職秀は祝山の城に陣取って毛利勢と対峙しており、元亀2年(1571)には、荒神山の城にあって毛利勢と攻め合っていたが、兵力が不足していたため宇喜多直家から加勢が送り込まれている。その結果「此勢を以て同國皿山の城を攻」め落とし、毛利家より置かれていた武将肥田左馬助・高橋四郎兵衛らは討死したという。【一部 津山瓦版より抜粋】
これで、雲海の旅は終わりなのですが次回はおまけとして、竹田城は城址でしたが天守閣付の雲海城の王者「備中松山城」を紹介します。正に天空の城です。司馬遼太郎ファンなら1度は行ってみたい所ですね。
【写真】下界から荒神山城跡を望む 霧の移り変わり 撮影時間 H26.11.23 AM9:29〜56分の間
2015年02月26日(木) No.511 (快調::本部基地)
Comment(0)

岡山WH周辺雲海の旅 その


車は兵庫県からいよいよ岡山に入ります。ここで筆者お勧めの雲海スポットがあります。それは名湯「湯郷温泉」かんぽの宿”美作湯郷” 別にコマーシャル料をもらっている訳ではないのですが穴場スポットです。丁度小高い山の中腹に位置しているため、部屋から眺める雲海は絶景!正に雲上の人になれます。            
素晴らしい雲海を堪能した私たちはさらに西へ進むと岡山県北部である津山市を中心とする10市町村からなる美作国(みまさかのくに)に入ります。美作国は和銅6(713)年より始まり、畿内と出雲を結ぶ要路(出雲街道)が東西に延び、鉄の産地として古くから栄えてきた地域で美作三湯をはじめとした個性あふれる多くの温泉に恵まれ、冬の雪景色、春の桜、夏の滝、秋の紅葉など自然豊かな歴史や文化が、古から脈々と築き上げられ今も息づいています。殊に2013年が美作国建国から1300年めに当たり、「懐かしく新しい未来へ還ろう」をテーマに、10市町村でイベントが1年間を通じ、開催されました。古い地図を眺めていますとこの美作の国には山城が80〜100、点在していたようです。
その内の一つWHの南側、岡山県立備作高等学校の背後に聳える茶臼山(標高約180m)上にある茶臼山城址があります。城前には吉井川に沿える周匝平野、後は津山川を隔てて、飯岡平野を望む、すばらしい景観。 「備前軍記」によれば、浦上宗景の麾下であった笹部勘二郎が天文初年(1532)頃に築いたとされている。「説明板」にはこの笹部氏「安芸の国より来た」とあり、おそらく広島安芸高宮の面山城(広島県安芸高田市)や牛首城(広島県安芸高田市)の城主だった佐々部氏の一族といわれている。天正7年、宇喜多直家は大軍をもって当城に攻め込み、攻略した。笹部氏側は多勢に無勢で城と共に討死し、廃城となったとある。
【写真】かんぽの宿の部屋より眺む 【写真】茶臼山城模擬天守
2015年02月24日(火) No.510 (快調::本部基地)
Comment(0)

岡山WH周辺雲海の旅 その


さあ、今日から4回に分けて本部(神戸)からホワイトハウス(以降略してWH)方面へ雲海の中をとおる旅へ皆さんをご案内いたしましょう。 着ているおものがしっとり濡れてしまうので、ウインドウブレーカーとシートベルト着用をお願いしますね。 
 神戸からWHに行く場合に、高速道路を利用するコースでは、神戸姫路間と中国道(高速)を結ぶ「播但連絡道路」の利用をいたします。
この高速道路を前日深夜に走行すると、『霧注意』の表示が出ていることがあります。そんな時は翌朝雲海に出会える確率が高いのです。
さらに言うと、翌朝「良く晴れていること」「朝方と日中の気温の差が大きいこと」「風が弱いこと」などがそろうと期待が増します。
そして、より空気が冷えるかどうかといった霧の発生条件に関わる時期9月〜2月末の明け方から午前8時頃までが雲海の出来の良い風景に出会える可能性が高くなってきます。
                          
この播但道路の先にある天空の城「竹田城」から美作の国一帯からさらに西の端に位置する岡山県高梁市にある備中松山城辺り、150kmの範囲が雲海絶景対象地域、今日の案内コースです。
先ず、筆者のお勧め第一弾として、2012年映画「あなたへ」高倉健主演が、妻田中裕子の歌をやめたいというシーンはご記憶されてる方も多いと思いますが、東洋のマチュピチュといわれる竹田城、城跡周辺の雲海です。近くの円山川から立ち上る霧によって発生し、よく晴れた早朝には、城跡から眼下一面に雲の海が広がります。
「応仁の乱」以前から存在していた城は、廃城から400年を経てなお石垣がほぼそのままの状態で残っている(現在残る城址は赤松広秀が豊臣秀吉の支援を受けながら改修を行ったもの)、現存する山城は日本100名城にも選ばれています。映画『天と地と』では春日山城の代わりとして登場しました。
【写真】竹田城跡
2015年02月22日(日) No.509 (快調::本部基地)
Comment(0)