快調談話室

イワコレ・がまだせ 15(思い出から明日に向かって) 最終回


熊本地震ではこれまでに、新聞やTVニュースなどを見ていると、4月14日に発生した熊本地震発生から2カ月となった現在死者不明者が50人、熊本県内ではいまだに6431人が避難生活を余儀なくされているそうで、余震が多かった2004年の新潟県中越地震でも、1千回を超えるまでに約1年かかったというのに、熊本地震では、たった2週間で到達。今日まで体に感じる震度1以上の地震は1728回発生しており、5月以降は、震度5弱以上の揺れが発生することは無いものの6/12には震度5 弱や翌日4の発生がありました。そして16日には函館で震度6が発生。全国のいつどこで起きてもおかしくない日本列島のようで県民の不安はおさまっていないようです。
政府の地震調査研究推進本部は先月13日、「1975年の阿蘇地震や1997年の鹿児島県北西部地震など、九州地方の過去の地震活動を見ると、M6クラスの地震発生後、2〜3カ月後に震源に近い地域で同程度の地震が発生したことがあるため、今後も最低2カ月程度は、M5〜6、震度6弱以上の余震に見舞われるおそれも否定できない」と警告を発している。 
私達の青春の思い出がぎっしり詰まった心のミュージアムから多くの展示物が壊れても、イワコレスタッフの皆さんと私達(来館者)との間に繋がれた糸(絆)は1728回以上揺すられようが解ける事も切れることも無い強固な絆で出来ていますので、これからも地震に負けず私達を青春時代にタイムスリップさせてもらえますよう頑張って欲しいと祈念しております。
                                     おわり
2016年05月05日(木) No.562 (未分類)
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イワコレ・がまだせ 14(救世主)


今日バイクを磨いるとホンダの大型バイクに乗った青年が「水を分けてもらえませんか」と友達とやってきました。 どうやら水温が上がりオーバーヒート手前になっていました。 水を補給するのですが、その原因を探っていました。サーモスタットの弁は異常ないか?等々アレコレチェックし、私も一緒に考えました。
で、結論は電動ファンの不良でした。自宅は熊本方面なので高速を巡航速度で流して帰ると自然冷却で帰れるだろうと持ち主は判断したようです。 当方や友人達とのやり取りをじっと見ておられたオーナーが一言、持ち主に言われました「ミュージアムの軽トラックに積んで帰りなさい。館長!軽トラ燃料満タンにしてお貸ししてあげなさい。愛車を無理させちゃ駄目、安産第一でね」
そう、これが感動の瞬間なのです。正に砂漠で水なのです。
今から15年前に、同様の事が私達の身に起きたのです。
どにぺれグループで九州ツーリング中にイワコレへ立ち寄り、内1台のEngトラブルを処置する為、オーナーに初対面ながら修理場所の提供を願い出て、その後部品調達、宿泊までお世話になったことがきっかけで、いつの間にかクラブ員のバイクからグルメに至るまでお世話になっている九州観光には欠かせない我がピットオアシス基地となったイワコレです。
この度の地震で日本全国は元より、世界の各地から1000件を超す激励のメールが来るのも、こうしたオーナーや館長、スタッフの皆様の日々の努力の積み重ねから信頼関係が生まれ育って行くのが解ります。

【写真】 岩下コレクション ウラルジャパン寄贈のドニエプル磨きに夢中の筆者
2016年05月04日(水) No.561 (未分類)
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イワコレ・がまだせ 13(懐かしの4輪)


応援も終盤に入った。この間4輪も磨くチャンスがあった。地震の際の落下物で傷を負ってしまったホンダS800のボンネット。このS800はエンジンキャブなどの出っ張りの為、ボンネット上部に膨らみがあるのが特徴。
https://www.facebook.com/岩下コレクション-155013661192362/timeline/

 このスポーツカーには特に我が青春の思い出が満載されている。今から50年近く前、友人が同型の初期型S600に乗っていて、筆者はバイクで一緒に『よく食べ、よく遊び、よく学バズ、よく走った』記憶が脳裏に焼き付いており、とても懐かしかった。この名車に傷が・・来場下さった皆様にもきっと私の様な青春の思い出があるに違いないと一生懸命磨いたがなかなか傷は完全に修復できなくて残念だった。
休憩を兼ね、内緒で運転席にも座り、あの頃を述懐してみた。当時はめづらしいチェーン駆動をしていたので、スタートさせる時、車のお尻が少し持ち上がる挙動があったのがおもしろい。そして、カーラジオは走り出すと音量が自動でUPするという当時では優れものであった。 考えてみると今から71年前に終戦を迎え、筆者は生まれた、ラジオは真空管、その私が成人する頃、つまり、20年も経たずして日本に新しく名神高速道路が完成し、このスポーツカーを走らせることが出来たなんて・・・本田宗一郎さまの偉大さや日本国民の勤勉さにあらためて感動と感心。
【写真】友人とHONDA SPORT-600 と 我がバイクヤマハYGS−1 80

こうして、懐かしさにかまけてサボっていると、雑誌の記者が来て取材をして行った。
この度の熊本・大分地震をバイクで取材し、地震の凄まじさや現地で頑張っている人々の横顔を紹介しているようだ。
【写真】 バイクと旅の雑誌“道楽”に掲載されたイワコレとオーナー・館長・筆者
2016年05月04日(水) No.560 (未分類)
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イワコレ・がまだせ Ⅺ (再生作業)


今日までに余震が身体に感じないものも含め1,000回以上あったといわれている。が、今朝までぐっすり寝たので、私達に揺れはまったく感じなかった。でもスタッフの皆さんは地震があったなどと話している。車中泊の場合は寝返りしても揺れるので人体センサーは緩い目に設定していたのだろうか。

さぁ、今朝からリニューアルオープンに向け本格的作業開始だ。
奥魔は昭和レトロ館の陳列可能な物の清掃や雑巾がけ。おしゃれは二の次にして館内では絶対ヘルメットを着用するように指示している。
 私の作業は展示中に傷ついた4輪、2輪車の補修や磨き、第二倉庫に眠っている展示予備車の再展示準備作業である。
 磨いていると、私の心はそのバイクの年代へタイムスリップする。車輌の性格から元オーナーの当時の様子が目に浮かんで来て楽しく、夢中になってしまう。さらにイメージが膨らんで行くと、終戦時に乱立したバイクメーカーの栄枯盛衰、はたまた閉店に伴う労働争議から設計製造者の無念に至るまで膨らんだ想像にいとまは無い。
だが、とにかく日中の作業は暑い!が、寒暖の差で夜の過ごし易さはありがたい。
【写真】スタッフのみなさんとイワコレファンご近所応援隊
【写真】作業中の筆者
2016年05月02日(月) No.558 (未分類)
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イワコレ・がまだせ 次 陛着)


イワコレ到着! 昨年3月以来だから1年と2か月ぶり、時の経つのは早いものだ。
建物の外観は変わってないが、道路に面した2階の窓ガラスが割れたのか、ナイロンシートが張られ風に揺れていた。
入口付近で数名の人たちが休憩をしている。私は近眼なので、顔の判別は出来ないがもしやオーナーやスタッフさん達だったらいけないので、明るく手をふり、ご挨拶。するとどうだろう、親しみを込めて手を振られた側は、知らない相手であってもこちらと同じ感覚になるのか、大きく手を振って笑顔で応えてくれている。
 近づくと井戸のポンプ修理工事のみなさんで不通になっていた水回りはその後、皆さんの頑張りで復活を果たし、夜から利用できる事になりました。
 少しして、オーナーの奥様からおにぎりが届き、スタッフのみなさんと再会を祝いながら昼食となりました。、眼下に見下ろす由布市の一部の家々の屋根にはブルーシートが覆われている為か、いつもの景色とは違って観えました。
不謹慎言語として叱られるかもしれませんが、ブルーシートのカラーも青以外に赤や黄、ピンク色など多色で販売できると良いのでは等と書けば、【喝!】のステッカーを貼られるのでしょうね。申し訳ありません。
 昼からはオーナー&館長を交え明日以降の作業打ち合わせを行った後、ミュージアムの現状を確認させて頂きました。
4月16日い発生した地震で下側に並べられている200台のバイク達は将棋倒し、見せたい目玉バイクは上部の良い位置に展示している為、それも落下しているので大参事。一週間後にスタッフのみなさんに加え、国際応援部隊が加わり計8名で緊急修復を行ったのですが、更に1週間後の4月30日に襲った大分地震で振り出し戻りました。なので、私達は2次派遣隊となる訳です。
2016年04月30日(土) No.555 (未分類)
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イワコレ・ボラン


 明日は暗いうちに出発して・・・何て偉そうなことを言っておきながら目が覚めると太陽が昇がっていた。
カーテンを少し開け外を見ると地面を揺すって子守歌を歌ってくれていたトラック達の大半は出発していた。
洗面用具を持って公衆トイレに行く、今日はイワコレのスタッフの皆さんと会う日、しっかりと歯を磨いておかないと口臭トイレとなってしまう。朝トイレで出会う人々の多くはカーネルの皆さんなのか「おはようございます」の挨拶を交わす。気持ちのいいものである。
さあ、関門海峡に向かって出発だ!なび嬢の案内に任せ進んで行くと関門橋が見えて来る。いよいよ、本州とお別れだ、それにしても下道は長いな〜下すら(正しくはひたすら)走ったものなぁ〜
ヨヨヨヨっ、、今朝のなび子ちゃんの案内はおかしいよ! 案内通り走っていると関門橋はどんどん遠ざかってゆくよ〜 ねえぇチャンとナビってよ〜
なび子ちゃんは寝起きが悪いのかい?
でもなび子は聞く耳を持たない。自信ありげに「700m先、300m先の信号右折」などと言っている。車は下関の街の狭い上り坂を駆け上がって行く。
 あぁ〜っ、そうか〜関門橋渡るためには相当上空へ昇らないと渡れないんだ・・やっと気が付いた。

https://www.youtube.com/watch?v=sRAKXNSwE84

では関門橋の壇ノ浦パーキングで休憩し、関門橋をバックに記念撮影しよう。

http://dannoura.jp/
2016年04月30日(土) No.553 (未分類)
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イワコレ・がまだせ


現在の九州熊本・大分では建物より、一番安全な場所とされている移動式宿舎(ハイエース)に乗って一路湯布院へ向かう。脚注:1番安全と書いたが運動を怠るとエコノミック症候群を招き危険がいっぱいな乗り物でもある。
今回、現地にて約5日間の寝泊まり、作業をしながらの食事の支度はきついので、【専属シェフ】じゃなかった【専属シュフ】の奥魔を連れて行くことにした。
ただ、彼女を説得し、連れ出す方法をどうするかが問題。
そこで一案したのが、今まで九州行きはフェリーか高速だったのだが「九州まで国道2号線を走ってグルメを楽しんだり、ぜんざいや甘いもの五十三次ツアーの旅に出て、毎日湯布の温泉に浸ろう」のキャッチコピーを考え、話したら大成功! (現地でのボランティア作業にはあまり触れず、イヒヒ・・)

  時間を気にせず、好きな時に休み、場所場所での珍しいものに舌づつみするのも、たまには良い。
と言いながらも翌日昼一番から作業開始と、頭の中では計算しているが。
ひたすら下道は長く感じる。神戸から約650kmというとちょうど東京と等距離となる。
若いころから2輪車で走った道を通過する時、当時の思い出が脳の中にスライド画像となって映し出されて来る。岡山〜尾道〜広島〜  その映像に沿って私は雄弁な弁士となって隣の観客(奥魔)に青春バイク物語を語っているも、反応は無い。見るとコックリコックリと舟の艪を漕いでいた。
やがて車は山口県へ
http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/gyosei/koho/portal/tokushu/michinoeki/shunan.html
2016年04月29日(金) No.551 (未分類)
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イワコレ・がまだせ【岩下コレクションがんばれ】 


  阪神大震災に遭って21年目めをむかえた。当時、仕事を終えバイクで帰路に着く道中、次々と神戸の街へ向かう他府県No.の車輌群、自衛隊、消防車、救急車、ゴミ収集車、役所の連絡車などに次々とすれ違った。私は目を真っ赤にし、嗚咽し、こうべを垂れながら、ただ感動と感謝の気持ちをどう表現したらよいのか、戸惑っていた自分を思い起こしています。
 表面に見える形の車輌だけでもこれだけ心を揺り動かされた事を覚えてるのですが、実際は当時、無印(私服のボランティアさん)の皆さんが駆けつけ、私を含む多くの阪神市民に勇気と希望と感動を与えていただきました。そのボランティア人数は延べ180万人(97年12月末までの推定)とも言われています。
将来、あってはならぬことだが、いつか何らかの形で恩返しがしたいと、常に心の片隅ではふつふつと燃え育っていた感謝の気持ちと大切に繋ぎ止めていたい人々との絆がありました。
今回の熊本・大分地震で自分に何か出来るものはないか自問しておりました。
阪神大震災の場合、余震は潮が引いてゆくように、徐々に小さく、少なくなってゆき、原発も津波も無く、その復興は速いものでした。が、今回は発生後、益々盛んで1000回超えもあっという間に過ぎてゆき、その範囲も次第に広がり、今や阿蘇山周辺から大分湯布院へ。
2016年04月29日(金) No.548 (未分類)
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熊本地震に思うこと


 忘れもしない阪神大震災の時、最初にドカ〜ンと来たら、あとは小さな余震ばかりだった。
今回もそのような概念で徐々に収束されると思っていたら、あとの16日になって、7.3Mの大きなものが来た。これが本震で最初の分は前震?だったとか・・ ”前震”という言葉さえ聞いたことがなかった私にとってはどうもうさんくさい発表に思えてならない。
この様な前提が一般的にあれば、もう1度家に戻ることは無なかったのでは?と、悔やんでしまう。
気象庁は17日、マグニチュード(M)3.5以上の地震回数が、中越地震(2004年)では発生後3日間で150回程度、08年の岩手・宮城内陸地震では同120回程度だったのを超え、内陸や沿岸で発生した地震では過去最多で165回を記録したそうな。
阪神大震災、東北地震と大きな地震が来る度に、我々は大きな教訓を得るが、今やその内容は一律でない
【丈夫な建物なら机の下にもぐる】 この方法は危険となり、【戸外で待機】に変わろうとしている。

真っ暗の中で、度々襲ってくる余震、身も心ももう限界に来ているのでは、と現地の人の思いは察して余りあるものだ。

【写真は】昨年熊本城を見学してきたものであるが、今、無残な姿をニュースで見た時、残念で怒りすらおぼえる。
2016年04月19日(火) No.547 (未分類)
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阪神大震災を経験し思うこと


会員の皆様から無事である知らせをいただき安堵しましたのに、15日の夜から本日にかけて断続的に余震と本震が繰り返されています。
気になるのでTVのスイッチを入れると【緊急地震速報!】とテロップが流れます。
私が見ようとするとテロップが流れるので、何だかご迷惑をお掛けしているのでは・・と思えて来る程、頻度がたかくなっているのですね。またまた心配になっているところです。
そして、今夜から雨の予報。

熊本地震はこれでもか!これでもかと何度も押し寄せてきます。
傍観者であってはいけないのですが、ついTVに一喜一憂しながら釘づけになっている自分がそこにいます。

リアルタイムに上空から送られてくる情報(映像)はありがたいのですが、ほんとうに必要なのでしょうか?
この航空機に因る上空での騒音は、瓦礫の下で助けを求める人たちの僅かな音や振り絞る声も聞き逃がさない様にと、夜を徹してがんばって救出作業をされている皆様や親族の皆様に対して迷惑はかかっていないのでしょうか心配しています。もちろん救助用ヘリや、情報収集ヘリは別ですが・・
皆様はどう感じられていますか?

【写真】上空から見たWH 手前の中央の白い建屋がWH
2016年04月16日(土) No.546 (未分類)
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